プール雨

幽霊について

「月がきれいですね」問題

 夏目漱石が " I love you. " を「月が綺麗ですね」と訳した/訳させたという伝説は今では相当広範囲に広がっています。

 これに対して、近代日本語日本文学研究者は基本的に沈黙しています。積極的に沈黙を選んでいるわけではないのですが、そういう史料は「ない」と証明するのが不可能なので、言及してもしょうがないのです。

 そうした謎の伝説はたまに生じますしね。

 今日、恩師を囲む会があって、軽い感じで(確かめようがないという意味)その話になりました。恩師を含めて、

  • 漱石がそう書いているのは読んだことがない
  • 漱石の弟子、友人などがそう書いているのも読んだことがない
  • そもそも、いつぐらいから言われ出した伝説か、だれが言い出したのか、その事情がさっぱり見えない

 といったことを話し合い、やっぱり出所が不明で、事情もわからないなあってところに落ち着きました。

 この件はおそらく近代日本語日本文学の研究者に尋ねても、何も出てこないと思います。

 自分では調べようもありませんが、いつから、どういう動機で言われるようになったのか、私は非常に興味があります。

 この数年、この伝説はやたらとあちこちで口にされる機会が増え、アイドルの曲の歌詞にもなっていて、すでに漱石がそう言ったということが前提となっていて、日本語話者の間で共有されているかのような態度で言われることが多いからです。


www.youtube.com

書いては消しての “I Love You”

書いては消しての “I Love You”

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 (上の動画には出てきませんが、曲の後半で「ああ『月が綺麗ですね』」という台詞が出てきます)

 この歌詞に「漱石」の語が出てこないように、最近では「日本語では『月が綺麗ですね』と言うと I love you. の意味」というようなことも言われ始めているようです。

 なんなんでしょうか。

 どこから発生してどこへ行ってしまうのでしょうか。

 このまま、出所不明の伝説に応じて、「月が綺麗ですね」と言ったら「愛しています」の意味だということが「常識」と言われる日が来るのでしょうか。

 でもそんな「常識」が発生したとしたら、根っこがデマなので、なんか全体として悲惨です。

 英語コンプレックスも見え隠れする表現なので、私はそもそも漱石っぽくないと思います。

 でもこの伝説、漱石でなくて国木田独歩正岡子規森鴎外正宗白鳥だったら、こんなに人口に膾炙してない。漱石が恋愛小説をたくさん書いたからこそ広がったデマなのでしょう。英語教師だし。英文学専攻といえば芥川龍之介もそうですけど、芥川では恋愛のイメージがないのかなあ。

 この件に関して興味がおありでしたら、国会のレファレンス共同データベースに記事がまとまっていますので、どうぞ。

crd.ndl.go.jp

 今日は半年に一度の恩師を囲む会で、楽しかった。

 この年齢になっても半年に一度、恩師を囲むことになろうとは想像もしていませんでした。だんだんみんな、年取ってきて、昔ならできなかったような話もできるようになり、なごやかに過ごせる時間が増えてきました。よかった、よかった。

🍶 おしまい 🌝