ざべすのきまぐれ旅 2023 年版最終回は松島・鹽竈旅行です。
これからお酒を飲んだりお魚を食べ続けたりするのに備え、ざべすたちは飲むヨーグルトをごくごくと飲んで胃腸を整えました。
埼玉県、栃木県、福島県と新幹線で運んでもらい、ついに宮城県は松島にたどりつきました。
まったく土地勘がないので、Google 先生に道案内をお願いしたのですが、先生は「この川を泳いで渡れ」と言うのです。とても心細かったです。
なんとかお宿に荷物を預け、身軽になって松島散歩に繰り出したのです。そしてとりあえず酒屋さんで角打ちとしゃれ込んだのですわ。
写真の奥に見えている白いお酒は「よーぐりっち」です。とってもおいしくてみんなでおかわりしました。よーぐりっちは岩手のお酒でしたが、細かいことはいいのだとざべすたちは思いました。
てくてくと歩みを進めていくと、海が見えてきて、「げんぞう」という元写真屋さんのとれたて牡蠣のお店に出くわしました。
元写真屋さんという御稼業の歴史とは無関係に、おそらくここのご主人は牡蠣を焼く天才だったのだと思います。その才能にしたがって出したお店のその牡蠣はまっことおいしく、牡蠣フライもふくめて雨子はここでいきなり牡蠣を 6 個も食べたのです。「6 枚」と言わず「6 個」と言ったのにはわけがありまして、ここでは小さめの牡蠣は 2 つで 1 つ扱いで、写真の牡蠣なども実は牡蠣の身がふたつ、鎮座しているのです。なんと豪儀なことでしょう。
その後は松島と言えば笹かまということで、笹かまを焼いて食べたり、
新商品「むう」の揚げたてをいただいたりしました。
そして松尾芭蕉もあまりの絶景に句を詠まなかったと言われる松島の海に繰り出しました。
湾内にいっぱい小さな島があるからこんなに穏やかなのでしょうか。そしてこんなに穏やかだからおしい牡蠣が育つのでしょうか。ざべすは海を見ながら、おいしそうだなと思いました。
次は、陸地から橋でつながっている島に行ってみることにしました。まずは五大堂です。
福浦島に渡れる福浦橋のたもとにも行ってみました。
しかし、橋のたもとには関所がもうけられていて、渡るのに一手間かかるようでしたので、ざべす一行は「ま、いっかあ」と言って来た道を戻りました。
もどったところで、「もうちょっと牡蠣を食べてもよいような気がする」と雨子が言い出し、食堂で牡蠣御膳を食べることにしました。
この日、雨子が数えたところによると、彼女は牡蠣を全部で 19 個も食べたのだとか。
ざべすはもっとたくさんいただきましたわ。
雨夫は牡蠣が好きではないので、ちょっとしか食べませんでした。ちょっとでもおいしいのはわかったそうです。
この辺りになると、「松島は店が閉まるのが早い」ということがわかってきました。まだ三時前でしたがどんどんお店が閉まっていき、お店によってはシャッターまで降りるのです。
みなさん、ホテルや旅館に入られるのでしょうね。
でもざべすたちはこの時点でまだ瑞巌寺に行っていなかったので、閉まる店店を見ながら瑞巌寺をめざしました。
三時。入場券を買って入ると、「三時半で閉園しますのでご注意」と言われ、ちょっぴりどきどきしました。
このお寺自体は 9 世紀くらいからここにこうしてあるそうです。それが戦国時代に一回廃れてしまったのを、伊達政宗が復興し、以後その菩提寺として大事にしたのだそうです。伊達家の趣味なのか、中が大変豪壮華麗で、雨子が「お金あるう」と言ったのがざべすは恥ずかしいと思いましたがそれもそうなのでした。
宝物殿に入ると、たくさんの古い宝物があって、ひとつひとつ興味深いのに、ざべすたちが見ている最中にも閉園の準備が始まってしまい、「閉まりますよ〜」とせかされ、「ざべすがまだ見てるでしょうが!」と言う雨子の背中をみんなで押して、なんとかおんもに出ることがかないました。
ざべすは、この建物がすっごく心に残りました。
瑞巌寺の境内には岩を掘ってつくった彫刻など、昔の人がいっぱいお祈りしてきた跡が保存されていて、ざべすはそれもおもしろいことだと思いました。
街がもう、お休みモードに入ってしまったので、ざべすたちはお宿の人に電話して、迎えに来てもらいました。
お宿はクラシカルなホテルで、
お部屋の眺めがすっごくよかったです。
大浴場には露天風呂がついていて、露天でみんなでちゃぷちゃぷしていると、空には月がぽっかり浮かんでいました。これがうわさの、芭蕉さんが見たくて見たくてたまらなかったという松島の月なのだなと、みんなで眺めました。
🌊 つづく 🌖