プール雨

幽霊について

ドラマと読書

右から左に向かって読んだら、とてもよかったです

 今、NHK で『青春ウォルダム』(原題:青春越壁)という韓国ドラマをやっていて、それをせっせと見ています。

 世継ぎであった兄が亡くなったことで、王位継承者=世子(セジャ)の座についた主人公。彼の元に「呪いの書」が届く。書には、お前は王になれず、友に裏切られ、腕も足も動かせなくなると書かれていた。その文字がありありと眼前に浮かぶほど、世子は何度も読んでしまった。呪いがかけられたということ自体不吉で、彼は誰にも相談できないまま日々を耐えていた。

 一方、兵士長ハン・ソンオンとの結婚が決まっていたミン・ジェイは、結婚の朝、家族を何者かによって殺された上、その疑いをかけられ、捜査・追跡される身となってしまう。ミン・ジェイは追っ手を躱し、世子のもとに駆け込む。この陰謀には世子への呪いの書が絡んでいると考えたからだ。家族を殺した犯人を辿っていけば、世子を悩ます呪いの謎も解けるはずだと彼女は世子に主張した。

 と、この二人を追い詰める大きな謎と並行して、城下で起きる様々な事件をミン・ジェイと世子が解決していくミステリです。探偵役はその二人に、ミン・ジェイの侍女にして親友のチャン・ガラム、名門の末っ子キム・ミョンジン、そして兵士長ハン・ソンオンが加わります。世子の護衛も活躍の機会がありそうです。

 私の楽しみは何と言ってもミン・ジェイとチャン・ガラムの友情です。この二人は小さい頃から一緒で、ともに大きくなり、近頃では二人で家を抜け出しては町の様々な事件を解決してきました。ミン・ジェイには殺人の疑いがかけられていますが、最初からチャン・ガラムは彼女を信じて疑いません。私も疑いません。

 そしてこれをふむふむと見ながら、はたと気付きました。

 私、朝鮮王朝のこと何も知らないなと。

 そういや、世界的にもかなりのレベルに発展していたと言われる、朝鮮王朝の文化のその中身をなんにも知らないなと。

 ドラマではハングルがちょこっと出てくるので、少なくとも 15 世紀以降の話かあと、そんくらいざっくりした視野でウォルダムを見るのはもったいない。

 と、そう思い、岩波ジュニア新書の『もっと知ろう朝鮮』(尹健次著)を読みました。

 ああ、岩波ジュニア新書、いつ何を読んでも私にちょうどいい。

 おすすめです!

 半分以上は近現代に紙幅がさかれているので、ひとつひとつ、日付込みで確認しながらかみしめるように読んでいく必要があります。そもそも、明治政府、なんで「征韓論」が出てくるのかもう、さっぱりわからんっ。西欧列強に無理矢理開国させさられて不平等条約を結ばされたそのマイナスを朝鮮で晴らそうとしたようにしか見えないっ。

 理不尽すぎる。

 話がずれました。

 朝鮮王朝のことは、もうちょっと朝鮮王朝入門的なものを読まないと身につかないようです。それで「朝鮮王朝 入門」で検索してみたら、今年の二月、こんな本が出ていたのがわかりました。

www.seikaisha.co.jp

 私にちょうど良さそう。

 でもほんとにまだ、何にもわかっていないので、なにか購入する前に、図書館をあさってみた方が良さそうですね。

 そして、『もっと知ろう朝鮮』の後半部分は、『虎に翼』の時代にかかわってくるので、その流れで山室信一『モダン語の世界へ』と寺尾紗穂『日本人が移民だったころ』を読みました。いい流れでした。『虎に翼』はまだやっとプロローグが終わり、ここからが寅子たちの自覚と格闘が始まりそうな感じです。

 1930 〜 1950 年代のものを色々見ていると、あくまで、都市部に限っての話にはなりますが、30 年代に花開いた都市文化が、50 年代になっても、60 年代になっても、もう戻らないんですよね。

 寅たちが最初のころに着ていた華やかな着物。洋装の人も和装の人もいたけど、みんなとてもきれいな布でつくられた、きれいな衣服を身にまとっていました。大事につくられた、大事な服を大事に着ていた。あの豊かさは、ついに東京に戻ってこないんです。

 「戦後」と言っても、そこできっぱりと線が引かれるわけはなく、戦中と同じ論理、同じ制度がずるずると続けられていく、あるいは続けようと粘り強い運動がなされる、その「戦後」の惨さ、貧しさが『虎に翼』でどう描かれているのか、と期待して見ています。

 で、こんな本があるんですよ。

www.heibonsha.co.jp

 時代はもどりまして 1914 年、大正で言うと三年、戦争で言うと第一次世界大戦の年に平凡社が創業出版した携帯用の辞書。

 目次を引用します。

第一篇 新聞語解説

第二篇 実用熟語成句便覧

第三篇 実用文字便覧

増補

第四篇 続新聞語解説

第二増補 

 大正時代を生きた人びとが新聞を読んだり、本を読んだりしたときにかたわらにおいて、たとえば「ヒューマニズムというのは一体?」とか思ったときにこれを引くと「や、此は便利だ!」となったと、そういう具合の本です。

 いい機会なので通読してみました。「第二篇 実用熟語成句便覧」「第三篇 実用文字便覧」は何かのときに参考にできそうです。何かとは一体何かと聞かれても困るのですが、この頃の人たち、「衡」の音読み「カウ/クワウ」(現代仮名遣いではいずれも「コウ」)を発音しわけていたんですね。発音で意味が違うので注意とか、書いてある……。えー、まじで!? 等々、驚くことしきり。また、「どう書くが正しいかに惑ふ熟字」の項目には「諳記/暗記」「紀律/規律」「共同/協同」などが並び、それぞれに「正。/否。」「何れでも可よい。」などの解説がついていて、今とあんまり変わらないなというところと、「あ、そうだったんだ」というところと色々で、それらを読んでいくとえもいわれぬ楽しさがあります。特に、「趣旨ー妥当。/主旨ー間違ではない。」「憤発ー意味は当るが、/奮発ーの方が妥当」なんていう説明の仕方に趣を感じていると、「媒酌ー妥当。/媒妁ー殊更めく。」なんてのが出てきて、「こ、殊更めく……!」と感じ入ることになります。

 ところでこの辞書、二回「傾城」が出てくるんですよ。「傾城」が死語化しつつあったんでしょうか? でも、人身売買と売春があった(今もありますが)時代の話ですから、どうなんでしょう。単にどっちか、トルのを忘れたのかもしれませんね。

近所のカフェで、カフェ「燈台」を思いつつ

📺 おしまい 📚